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日本が高度経済成長時代に向かいつつあった1960年代。
webmasterは大阪の下町で3人姉妹の長女として生を受けました。
私の生まれた月にソ連が《人類初の有人宇宙飛行》に成功しました。その時宇宙飛行士のガガーリンが発した「地球は青かった」というメッセージに感銘を受けた人もいらっしゃることでしょうね。
前年は(日米新安保条約)が調印された年でもあります。また生活面ではカラーテレビの本放送も始まり、インスタント食品も続々と登場し、貧しいけれどこれから発展していくんだという希望と活気に満ちたそんな時代でした。
ということで、今月4月は私の誕生月というきわめて個人的な理由で《ハコブツ館》に潜んでいた私と同年代のカメラたちのなかから気になったものを紹介することにいたしました。
当時の写真
白黒でした
《 参考資料 》 日本写真機大図鑑第1巻 日本写真機工業会編
カメラレビュークラシック専科カメラレビュー別冊 クラシックカメラ専科
その1 フジペット3種揃い踏み ■■■■■■

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カメラのご紹介の前に、まずはこの3人に注目! 特に両脇の二人の髪型は要チェック !!! さて、この人たちはいったい何者なのでしょうか。 こども?それともおとな? →→ 答えはこのページの中に!! |
| フジペット ■■■ | |
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1957年発売以来、”みんなのカメラ”という愛称で親しまれていた富士写真フィルムのフジペット。 絞りをお天気マークに合わせてから 《シャッターセットレバー》 《 シャッターレリーズレバー》 の順に押せば撮影O.K.という簡単な構造になっています。 フィルムはブローニーサイズを使用します。 本体は結構大きいのですがとても軽く、ファインダー部分の形状などデザインはとってもユニーク。 私はこのカメラを見るとサンダーバードを思い出します。 子どものころお使いになった方も多いのでは? 先日の大丸カメラフェアーのときも「フジペットはいくらなんですか? 子どものとき使っていたもんで…」 とお聞きになったお客様がいらっしゃいました。 ご参考までに 当時の価格は 1950円です。 |
《 箱 》![]() ふくちゃん という漫画で有名な方のイラストの箱に入っています。 とってもかわいいデザインです。 |
《 取説 》![]() 女性や子供向けに書かれた取り扱い説明書は、 カメラをあまり知らない人でもよくわかるように 色々工夫がなされています。 |
| フジペット35 ■■■ | |
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フジペット同様、子どもや女性向に作られた使いやすいカメラ。 こちらは35mmフィルムを使用。 50cmまでの近接撮影も可能になっています。 キュートなデザインです。 赤色っていうのがいいですね。 《参考》 当時の価格は、フジペットの2倍弱 |
《 箱 》
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じゃじゃーん ここで登場で〜す。
そうです。あの8・2分けの髪型のきみは フジペット35 の箱のイラストの方でした。
この人って子ども? 見れば見るほど頭に焼きつくほほえみ。
それにしても、こんなにかわいいカメラなんだから箱のデザインもなんとかしてほしかった・・・・・・。
| フジペットEE ■■■ | |
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完全連動の電気露出計を内蔵した新しいフジペット。 機能は充実しているが、デザイン的には上のふたつのような面白さはなくなっています。 |
で、箱のデザインはやっぱり面白〜い。


私たちが登場しています。
《 箱 》 ![]() |
| その2 ポラロイドカメラ ■■■■■■ |
![]() 付属のフラッシュの形がgood! |
重くて、でっかい! 右下の写真は現在のポラロイドと並べて写したもの フィルムは現在使用されているものとは違うそうです。 使い勝手はともかく、撮影から現像・仕上がりまでがほんの10数秒間というのは、驚きだったでしょうね。 価格はいったいどれくらいだったのでしょうか… |
![]() 閉じるとこんな感じです。 |
![]() 左から《Tomy; Xiao》《 Tomy ;KodomoNo Omocha》 本機 |
| その3 オリンパスペン ■■■■■■ |
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このすっきりとした表情のカメラは オリンパスペンです。 昭和34年に発売されて以来35mmハーフサイズの草分け的存在として色々なタイプのものが発売されました。 オリンパスペンというネーミングは、ペン代わりという意味。 その名のとおりコンパクトでシンプルな形はとても魅力的です。 左のカメラは、色が気に入ったので《ハコブツ館館長》からバイト代の代わりにもらったものです。 |
| その4 《番外編》路面電車 ■■■■■■ |
| 私が幼かった60年代、大阪市内には舗装されていない道路がたくさんありました。 近所の子どもたちが集まって『ボール遊び』や『ビーダマ』
『ゴム跳び』 『かかしけんぱ』 『探偵ごっこ』 と暗くなるまでわいわいと遊んだものです。 そこには、大きな子も小さな子も、知ってる子も知らない子も自然に仲間になれる人間関係と、彼らが自由に遊ぶことのできる空間と時間、そしてそれを許してくれる大人たちの存在がありました。 今の子どもたちは《習い事》や《塾通い》で時間は細切れに管理され、思いっきり走り回ることのできる空間もごくごく限られています。 そして、なによりもそんな自由な時間や遊びを認めてくれる大人の存在も少ないというのが現実です。 ハナタレ小僧やガキ大将がいたそんな頃、街のメインストリートには路面電車が走っていました。 たしか小学校2年生の頃(1969年?)に廃止になった記憶があります。 ハコ物館で60年代のカメラを探していたときに、そんな路面電車の本が出てきました。 大阪ではなく東京の都電の本なのですが、内容も面白くきれいな状態なのでお好きな方がいらっしゃいましたらご連絡ください( ここをクリック)。 |
![]() アルバムくらいの大きさ 帯もついたままです |
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![]() 歴代の乗車券 《電車唱歌》のソノシート付 |
![]() 全200頁、このような写真中心の構成 明治・昭和の都電車両、路線図はもちろん 当時の町並みや暮らしぶりがしのばれる 貴重な写真がふんだんに掲載されている。 |
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